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早産/低身長児

(2018年9月21日)

切迫流産/切迫早産による134日間の入院生活。障害が残っても産むか、生命維持をしないかの選択。

なんというかお久しぶりです。

最後の記事から、1年以上が経過してしまいました。
すみません。
当時は更新頻度を下げるくらいのつもりでしたが、タイトルの通り大変な状態に陥りそれどころではなくなってしまいました。

私と似た状態になってしまった誰かの役に立つために詳細な内容をここに残しておこうと思います。
相当長くなると思いますが(2万5000字弱ありますw)、入院中他の方のブログがすごく参考になったので私も残すべきだと考えたのです。
色々なブログを読みましたが、私の症状は相当悪い方だったと思います。
今年は夫婦揃って本厄だからでしょうか・・・ブログをこうして書いている今も本厄の力を感じています@@

普通の妊娠出産に関する記述はここでは省きます。

妊娠するまで

ここについては詳しく書くかも悩む内容だということと、書くとしたら長くなるので、ここでは軽く触れる程度にします。
妊娠した時の子どもの年齢が3歳でしたが、実際は子供が1歳になった頃から婦人科に通っていたので希望してから結構な年月が経ちましたね。
値段にして150万円くらいでしょうか。
うちは不妊治療助成金がもらえない所得だったためほとんど実費です。。
別にそんなに世帯収入多いわけでもないのになぜ?と思っているので、もう関係ないですが、改善して欲しいです。。

妊娠からの切迫流産

2017年9月15日に妊娠判定をしてもらうために病院へ行きました。
先生の持っている妊娠検査薬に確かに妊娠の線が出ていたのですが、薄く見えたので、薄くないですか?と聞いたら、
主治医の先生が髪の毛がない先生だったので、ここでは「薄い」って言ったらいけないって知らなかった?と言われたのが印象的ですw
私の薄いという認識は実際間違っていなかったと思います。
その後の胎嚢の大きさも小さめで途中で中断するレベルでないかと心配してしまったくらい小さかったです。
妊娠してから前回切迫早産で大変だったので、自宅勤務にしたいことを会社にお願いして家で仕事をしていました。

そして、妊娠から2週間後、事件はおきました。
トイレに行ったら大量の血が下着についていたのです。
生理よりも多い量の血がポタポタと流れ出てきました。
とりあえず、ソファに横になりました。
かかりつけの病院に電話すると、できることはないけど、心配なら受診してくださいということでした。
動くのも怖いので、家族に電話し、会社から帰ってきてもらいました。
さて病院に!というところで、嫌な感覚がしました。
今までは水のような滴り落ちる血だったのですが、大きな血の塊がたくさん出てきたのです。
もうここで、終わったな、と思いました。

一応血の塊を捨てずにビニール袋に入れてそのまま病院に持って行きました。
あらかじめ電話しておいたので、ほとんど待つことなくすぐに見てもらえました。

膣内エコーの部屋に家族も一緒に入り、緊張の超音波。
なんと、心拍が動いていました
あんなに出血しても、血の塊が出ていても、流産していないなんてことがあるんだ!と驚きました。
これは、共有したい情報の一つです。諦めないで欲しいです。

先生に入院できるか聞いたのですが、昔ならともかく今はこれくらいでは入院できないということでした。
自宅で安静にしておいてくださいとのことで、ただただ家でじっとしていました。
初期の流産はどうすることもできないらしいのですよね。

ちなみにこれは絨毛膜下血腫(じゅうもうまくかけっしゅ)というやつっぽいです。
エコーで見ても、いろいろな場所に血の塊のようなものが写っており、これがなくなるまでは出血は止まらないということでした。
この血の塊が胎嚢の近くにあったりすると、一緒に流れ出てしまうので、流産の危険があるということです。

ファミリーサポートの利用から断念まで

自宅で安静といっても問題があります。
うちには3歳の暴走男子がおります。
保育園のお迎えもしなければなりません。
自転車で15分くらいですが、当然、自転車には乗れません。

そこでファミリーサポート、通称ファミサポを利用してみることにして見ました。
ファミサポは説明会を受けて会員登録をしてから初めて利用できるのですが、以前それはしておいたのであとは依頼だけでした。
ただ私の住んでいる地域は協力会員が少ないということで、70歳くらいのおじいさんと、子供がいるおかあさんの2名のみでした。
おじいさんに扱えるうちの子ではないので、もう片方の方が無理なら諦めることにしましたが、なんとOKの連絡をいただきお願いすることになりました。
しかも、保育園のお迎えを車でしていただけるということですごくよかったです。
1時間700円とガソリン代と駐車場代で1000円ちょっとでした。
一般のサービスではこんなに安くすまないのでとても有難かったです。

しかし事件が起きました。
2ヶ月くらいで、突然辞退したいという連絡があったのです。
理由はお迎え時の帰りの車でその方のうちの子と同い年のお子さんをうちの子が毎回叩いていて、お迎えに行くたびに震えるようになってしまったということでした。
次が見つかるまでは続けると言ってくださったのですが、そんなトラウマになりそうなことを聞いたら継続は可愛そうすぎると判断し、その日を最終日にしました。

もっと早く言ってくだされば対応もできたと思うのですが、私の体調を考えて言い出せなかったのだなぁと。。
とにかく、その日からタクシーを使ってお迎えをすることにしました。

安定期まで

切迫流産で会社を49日お休みしました。その間は、給料は出ませんが傷病手当が出ます。
額面の6割くらいなので、手取りに近い額が毎月もらえます

妊娠10週目で不妊治療でお世話になった婦人科を卒業し、地域周産期母子医療センターに指定されている大きな病院を紹介していただいてそこで産もうと決めました。
前回は個人病院にかかっていたため、33週で破水してしまったときに、信じられないほど遠い大学病院に搬送される羽目になったためです。

病院での初回の医師診察を無事に終え、2回目の助産師検診も終え、次の次の助産師検診で家族と子供と一緒に受診してエコー見て、赤ちゃんのことを伝えようと考えていました。

そんなこんなで安定期。

入院が決定した日

そして、2017年12月27日に妊娠19週0日に医師検診のため病院へ。
腹部エコーのみのはずだったのですが、前回の出産で頚管が短くて早産になったので心配なので見て欲しいですといったところ、優しそうな女性の先生が心配だよねーって言ってくれて、膣エコーをしてくださいました。

エコー中、急にあたふたし始めるお医者さん。
ひたすら嫌な予感がします。
今19週だよね?とかお腹たくさん張ったりしてた?とか。
その時はまたウテメリンの錠剤始まるのかなーくらいにしか考えてなかったのですが、先生の口から出た言葉で驚きました。

「頚管が14-18mmしかない」

この時期の頚管は40mmくらいあるのが普通です。
20mm以下っていうは出産目前の頚管の長さです。
つまり、赤ちゃんが19週にして、もう生まれかけているわけです。

とりあえず、説明しますので診察室に戻ってくださいと言われ、エコーの台をおりました。

「今日入院してもらいます。このまま帰すわけにはいかない。」

とのことでした@@
上司に相談しますと、そんなに新米の先生には見えないのですが、携帯電話で電話し始めて、19週で頚管が14mmでー、とか聞こえてきます。
今思えば、状態が悪すぎて、トップの先生に相談していたのだと思います。
荷物を取りに帰ることさえ危険だからダメだと言われました。

ちなみに、相当後に知ったことですが、すでに子宮口も1cmくらい空いていたそうです。

切迫早産入院経験者なので二人目だし、26週くらいからの入院は覚悟していましたが、19週とかそんな早い段階での入院になるとは夢にも思っていなかったので、ただただ驚きました。
検索すればわかりますが、だいたい30週前後で、早くても26週くらいの人しかいないと思います。

24時間点滴の始まり

入院が決定し、車椅子で四人部屋の窓側のベットに運ばれました。
窓側は差額2000円発生するそうです。

色々説明を受けて、まずNST(ノンストレステスト)というお腹の張りを調べる検査をしました。
その結果、20分で5回もお腹が張っていました。
一人目の経験でお腹の張りはわかる自信があったのですが、全然わかっていなかったようです。

その後、リトドリンというウテメリンのジェネリックの薬の点滴が始まりました。
長い長い点滴生活の始まりです。
私は血管が細いので採血も難しいのですが、慣れた助産師さんが2回目で点滴の針を刺すことに成功しました。
しかし、この病院は点滴が漏れていなくても、4日で差し替えないといけないようで、この点滴の針刺しが最長4日で1回くるということです。
嫌すぎますね。。

そして、リトドリンの副作用の震えも始まり、書類のサインが上手にかけません。
体温は一日三回はかるということで、入院してすぐも測ったのですが、昼が近かったのでもう一度計ってみたらなぜか38度
リトドリンの副作用でそんなに上がることはないと言われて、大部屋から隔離されて狭い二人部屋に案内されました。
でも、検索する限り、リトドリン始めた直後に熱が上がったと記録してるブログを見つけたので、おそらく副作用だったのだと思います。
ちなみに、この二人部屋は実質誰もいなかったので個室のように使えますが、狭いため差額なしになりラッキーでした。

入院初日、医師からの説明

ご家族は何時頃来れそうですかとなり、16時くらいには来れるとのことだったので、その時に医師から詳しい説明をされることになりました。
時間になると、先ほどの助産師さんと医師が3名やってきました。
医師は入院を決めた方とは違う方が来ました。
全員女性で、3人の主治医がチームでこれから見ていきますとのことでした。

この後の入院でほとんどの患者さんに一人しか医師がついていなかったので、どれだけヤバイ状態だったのかわかっていただけるかと思います。

自己紹介後、説明が始まりました。

私は子宮頚管無力症という状態だそうです。
子宮頚管無力症とは陣痛が来たわけでもないのに、本来はまだ開かないはずの子宮口が妊娠中期の段階で開いてしまう状態らしいです。

私が前回早産だったので38週で生むことが目標だったのですけどね、、というと、臨月である36週ですら厳しいというか、もっと厳しい状況ですという話が始まりました。

22週目までは切迫流産になり、それ以降は切迫早産になる。
22週までに生まれてしまったら死んでしまうと。
22週以降に生まれたとしても、22、23週は小さすぎて生存確率は低く、また生きることが出来たとしても脳内麻痺などの大きな障害が残る可能性が高いとのことでした。
22、23週で生むことになってしまった時に、生命維持処置を取るかどうかの選択は親が決めるしかないので、今から考えておいてくださいとのことでした。

ふと、コウノドリのドラマを思い出しました。
まさか自分たちがこんな難しい判断をしなくてはいけなくなろうとは。。
なんだか現実感がなく、他人事のようです。

そして、少なくても、今の頚管の短さだと妊娠継続は難しいから流産リスクはあっても手術した方が良いということ。
より確実なシロッカー手術はもう難しいから、マクドナルド手術という手術になるということ。
マクドナルド手術は頚管を糸でぬってこれ以上広がらないようにする手術です。
この病院では溶ける糸で行うので、持っても28週までだそうですが、今生まれるよりは、ずっとマシということです。
手術の刺激で張りが強くなって破水したり、手術行為により破水して、流産してしまうこともあるという説明を受けました。

手術を受けるのかどうか、それも決めなくてはなりません。
しかし、当日の検査で、膣に炎症が起きているということで、すぐの手術は無理でこれから毎日膣洗浄をして、1週間後に収まっていれば手術ができるということでした。
それまで、流産しないといいけど、、な雰囲気でした。

その場で話し合い、手術を受けることを決めました

医師たちが帰り、家族もちびうさを保育園に迎えにいかなくてはいけないので帰りました。
家族にゲームやら色々持ってきてもらいましたが、何もする気になれず、ただただ天井を見て過ごしていました。

年越しは笑ってはいけないを見ながらカニ鍋を食べよう!なんて話していたのに、まさか病院食になろうとは。。
でも、病院の配慮で、年越しそばが出たり、お節料理が出たりしていました。

子宮頚管縫縮術(マクドナルド法)

膣の炎症が治まり、手術を行うことが決まりました。

手術のためのレントゲンと心電図を取ることになりました。
普通は専用の部屋に行くイメージですが、私は動けないので、両方の機械が病室にきて、私は全く動かずに両方取りました。
初めての体験でした。

前日、普段とは違う太い針の点滴をされました。
手術で万が一のことがあった時、輸血できるようにとのことです。

2017年1月4日(20週1日)の手術当日は手術の少し前に手術着に着替え、車椅子で手術室まで向かいました。
帝王切開で行うような下半身の麻酔もあったので手術した感じは全くわかりませんでした。
麻酔のせいでお腹が張っているかもよくわからず。
特筆することもないので、手術自体は怖がる必要はないかなと思います。

しかし手術室から戻りしばらくすると麻酔が取れて来てお腹の張りがわかるようになりました。
明らかに手術前よりも張ってる!ってかすごく痛い!とナースコール。
向きを変えてみましょうと、逆向きに寝直したら、張りと痛みが収まりました。

下記は入院中で最大の三本点滴の液が入っているところの写真ですw

そして、一番嫌だったのは、一人目の出産の時も嫌だった尿管カテーテル。
おしっこの管がずっとついてる状態なのです。違和感半端ない。
先生がいいというまで少なくても翌日の朝までは取れないと言われました。

カテーテルの違和感は酷いわ、お腹の張りはきになるわ、で全然眠れない日になりました。

翌日朝一の診察でとって良いことになり、すぐにとってもらいました!
部屋の前がトイレだったので、トイレまでは歩行OKとも言ってもらえました。

というわけで、次の目標は切迫早産に切り替わる22週を目指すことになります。

切迫流産と切迫早産の境目、新生児科の先生との面談

入院初日に言われたように、早く生まれすぎた場合にどうするかというのも決めなくてはいけません。
主治医に、早く生まれすぎた場合は諦めようかと今の所考えていると伝えてみたところ、新生児科の先生との面談が設けられることになりました。

それまでかなりネットで調べてから面談に望んだのですが、先生の話では、今の医療技術はとても進んでおり、ネットで書かれているよりも、高確率で助かるとのことでした。
同じことで悩んでいる方は、この分野の進歩はすごく早いらしいので、私の情報含めネットの情報は当てにせず、今の技術を医師に確認した方が良いと思います。
病院によってどれくらい対応ができるか違うようで、オススメは慶応大学病院だそうです。
私が入院している病院では25週よりも早く生まれたらみれないとのことでした。

なので、22週の次の目標は25週になります。

新生児科の先生は、とにかく28週を目指してくださいとなんども言っていました。
28週になるかならないかでかなり変わるそうです。

22週で生まれてしまっても頑張ろうかな、でも怖いな、と複雑な心境のまま、なんとか22週を迎えるところまできました。
ここから切迫流産ではなく、切迫早産になります。

いざ障害を持って生まれてしまったら頑張って育てるしかないですが、あらかじめ分かっていて、その障害は重いかもしれないとなると戸惑ってしまいますよね。
一人目ならともかく、二人目だと、ちびうさの負担になるなとか。
また簡単に妊娠できた子供でもないのでより一層悩ましいというか。。

この時点でまだゲームできずに、天井を見つめて過ごす日々は続いています。
長い入院生活の中で最初の一ヶ月が一番辛かったと思います。
どうなるのかもわからず、何をしようとしても、楽しくないというか、そんな感じでした。

検索魔

ひたすら検索していたような気もします。
あまり良くないですね。
検索すると下記のようなことがたくさん出てきました。

【目標1】妊娠28週(1000g)
障害なく生まれる確率や生存率がUP

【目標2】妊娠32週(1500g)
肺の成熟が始まる

【目標3】妊娠35週(2000g)
肺の発達の完了

【目標4】37週以降
正産期!

いやいや、28週なんて早産に入らないわ!とか思いながら見ていました。
思いっきり早産ですけどねw
私はその前の情報がたくさん欲しかったんですよね。

入院生活

日々のタイムテーブル

朝6時頃に起きて、週に一度はその時間頃に採血や尿検査がありました。
点滴をしていると内臓に負担がかかるのでその数値などを見ていると思われます。

朝ごはんを食べた後に、週に一度診察や、人によっては膣洗浄があり、その後、毎日NSTのモニターをとり赤ちゃんの状態やお腹の張り具合を確認します。

そこから昼食まで暇な時間。
昼食を食べたら、夕食まで暇な時間。
夕食を食べたら、寝る前に助産師さんがドップラーで心拍を確認し、22時の就寝時間までは暇な時間。

この暇な時間に週一で医師によるエコーがあったり、シャワーを浴びたりします。

主治医の人数や、体の状況によっても変わると思いますが、とにかくたくさん医師や助産師さんや看護師長とかが顔を出してくるので、全くずーっと喋らないわけではありませんでした。
時には、不妊治療でお世話になった医師の方が何度か訪ねてきてくれました。

話し相手といえば、食事を運んでくれたり、ベットのシーツを変えてくれる方のうちの一人が、私が入院したのと同じくらいにその病院にきたらしく、たくさん話してくれました。
普通はあまり話さないと思うのですが、なぜか気にかけてくれてました。

ベットマット問題

問題だったのが、ものすごく腰が痛くなったということ。
助産師さんに布団を持って来てベットにひいていいか聞いたところ、ベットのマットを変えることができることが判明して、変えたところ、全然痛くなりました!
腰が痛いかたはぜひ聞いてみてください。
ちなみに、普通の、厚めの、ふわふわの、の三種類あるようでしたが、厚めのがオススメです。
ふわふわしすぎるのは逆に寝にくかったです。

散髪問題

長期入院していると髪が長くなってきます。
前髪くらいは自分で切れますが、後ろ髪はどうしようもありません。

点滴の副作用で体は暑いし、そもそも妊婦ってだけで暑いし。
もともと髪が長くて量が多い私は、ほとんどシャワーにも入れない状況でより、大変なことになっていました。

乾かすのも時間かかるとお腹に良くないですしね。。

という愚痴を助産師さんにしていたら、この病院の美容室は美容師さんを派遣できると教えてくれました。
シャワールームの前に来てくれて、そこでカットしてくださいました。
中学校以来の肩の上に髪がある状態になり、非常に快適に過ごせました。

髪の長さで困ったら駄目元で相談してみるのはいいかも!

室温問題

大部屋だと寒かったり暑かったりするのですが調整しにくいのです。
室温を調整するよりも、寒い時はホットパックを、暑い時はアイスノンをくださいと頼むのが楽だし早いです。
特に暑い時なんかはアイスノンみんな使うからぬるーいのしかなくて残念な時が多かったですけどね・・w

食事問題

私は悪阻がかなり長くまで続きました。
朝食のパンがどうもしんどく、ご飯を少なめにして出してもらっていました。

でも入院中って、基本的に病院食以外たべないことを推奨されているので、甘いもの不足になるんですよね。
そんな時朝食のパンについてくるジャムがかなり美味しく感じられるので、途中からパンに変えてもらって甘さを堪能していましたw
私本来ならジャム嫌いなのですが、これで好きになりましたw

ちなみに、助産師さんに何なら食べてもいいかと聞いたところ、こんにゃくゼリーを一日一個くらいならと言われました。
寂しい@@w

隣に入院していた方が果物をよく食べていて、体重が急激に増え、食べないように注意されていました。
切迫での入院中は動けないから、食べるだけ太っちゃうんですよね。。

いろんなイベントごとにいけない

当然ですが外出許可はもらえません。
入院中にあった年に一度の保育園での子供の発表会や、父の13回忌にも出席できませんでした。
無理して出席して何かあっても後悔するだけですしね。
今まで頑張ってきたからこそ、妥協はせずに、赤ちゃんの命を優先しようと思いました。

子供との面会問題

入院していた病院は小学生以下の子供は病棟へ入ることができない病院でした。
ちびうさは3歳なため当然入れません。
たとえ個室でも入ることができません。

なので、ラウンジのみでしか会うことができませんでした。
そして、私は立ち歩くことができないので、車椅子でラウンジに連れて行ってもらい、15分くらいだけ会うことができました。
これが1週間に1回程度でした。
途中インフルエンザで面会規制が入り、40日間も子供と会えない期間もありました。

その際はお互い親子なのに人見知り状態にすらなりました。
私もだんだん自分の子じゃない気がするくらいの気分になってきたりもしてしまいました。

ちびうさは私が入院する前に切迫流産で動けなくなってから、様子が違うことに感づいていたのか、その頃から、情緒不安定になり、保育士さんからも様子がおかしいと言われるようになってしまっていました。
私が退院してから、本当にちびうさは明らかに変わったと言われるほど、本当に本当に酷い状況だったようです。
状況を理解してちびうさに優しく対応してくださった保育士さんたちに支えてもらえました。

ちびうさは私が恋しくなった時は私が寝ていたベッドの匂いを嗅いで過ごしていたようです@@
特にちびうさはタオルケットが大好きなのですが、ちびうさ用の青いタオルケットと、ママ用のピンクのタオルケットがあり、ピンクのタオルケットを、ママのタオルー!といつも言っていたので、そのタオルケットを握りしめて寝ていたみたいです。

いざという時のために、ママの何か、パパの何か、を作っておくと、子供を少しでも安定させることに役立つかもしれません。

妊娠25週

そして、ついに転院しなくても良くなった25週を迎えます。
重い決断もしなくて良くなりました。
と言っても、まだ今生まれたら相当早いので、リスクは十分高い状態ですけどね。
ここまで行くと、生命維持をしないという選択肢が消えるので、親が決めなくて良くなるのです。

この頃、大部屋の差額が発生しない廊下側が空いたので部屋を移動することになりました。
今まで一人の部屋だったので、他の人がいる部屋はなんだか新鮮です。

ナースステーション前の部屋でとにかく朝晩ナースコールがうるさかったです。

私の部屋は妊婦さんよりも、婦人科の手術をする方が多く入院している部屋でした。
ほとんどかたは日帰りか1泊2日。
患者の出入りが多かったので、一人部屋の時よりも、時間が早く感じられました。

他の妊婦さんたち

入院する妊婦さんは大体泣いています。
入院が決まったことで泣いたり、途中さみしくて泣いたり、早産で生まれてしまって泣いたり、基本的に悲しい病室です。
私は全然他の患者さんとは話していないですが、印象的な患者さんたちをたくさんみました。

騒がしい妊婦+親族

一番嫌だったのは、騒がしい患者さん。
なんだか家族をゾロゾロ連れてきて騒いでいたり、本人も家族も携帯がマナーモードになってなくて、ちゃりちゃりうるさかったりするのです。
しかも、インフルエンザが流行って面会規制がかかってきている時ですら、堂々と面会しまくり。。
大変で不安な状況はすごくわかりますが、周りのことも考えて欲しいものですね。。

その方は就寝時間も守らずにずっと電気つけていたので迷惑でした。
一人目の入院で大活躍したアイマスクが役に立ちました

前置胎盤の妊婦

一番怖かったのは、ナースステーションの前の大部屋の時に、すぐ前にシャワールームもあるのですが、その中で前置胎盤の妊婦さんが出血した時です。
前置胎盤の妊婦さんの出血は赤ちゃんの命だけでなく、妊婦さんの命も危ないです。。
急にナースステーションが騒がしくなり、助産師さんの前置胎盤出血!という大声とともに、怒鳴り声のような指示だしが続き、その妊婦さんが横になったものの大量の出血が始まったらしく悲鳴を出されて、ドラマでは味わえないような壮絶な現場でした。
すぐ横でそんなのが起きていたので、私はその時NSTのモニター中だったのですが、体が震えてきてお腹が張ってしまったレベルでした@@

全然関係ない私ですら怖い思いをしたので、当人はよほど怖かったでしょう。。
私はただの切迫早産だったのでまだマシですが、前置胎盤などで事前に自己血をとっておかないといけないような患者さんも何人も見たので、出産って本当に命がけだなと思いました。

医療関係者の妊婦

一度だけ、大部屋で、ほかの患者さんが、助産師さんと看護士さんという医療関係者ばかりになったことがありました。
患者さんと先生の会話が専門用語ばかりで横で聞いてて少し面白かったですw
先生も相手が助産師さんというだけあって、普通の患者さんなら言わないだろうなという説明もしていて、ためになったりもしました(盗み聞きw)。

家が遠い妊婦

うちは車で10分くらいの近さだったのでよかったのですが、地元に大きい病院がない深刻な切迫さんは病院から2時間かかるところに住んでいるような方もいました。
とにかくお見舞いが大変そうでした。
着替えとか、あとその方は妊娠糖尿病でもあったので、1日7回だかの血糖検査のための針などの購入も家族の役割だったからです。
またよく泣く方で家族のフォローが必要そうでした。
病院の近さはとても重要ですね。
退院してからも、早産の赤ちゃんはNICUに入ったままなので、母乳届けるために、産後辛い体でそれだけの距離を通わないといけないわけですから@@

外国人の妊婦

中国人の方が隣だったことがありました。
なぜか音楽を流し始めること以外は良い人だったと思います。

印象的だったのは、その方の旦那さんが非常に優しく頼り甲斐がありそうだったこと。
旦那さんも中国人でしたが、お子さんがすでに3人いるところでワンオペってすごいよね。
自宅勤務に取り急ぎ切り替えてもらって、毎日毎日子供を連れてお見舞いにきていました。

ほかの患者さんの旦那さんはなぜか不機嫌になってる人とか、頼りなさそうな人をよく見ていたので、なんともしっかりした人だなぁと思いました。

暇つぶしのゲーム(ドラゴンクエストX)

25週を迎え、少しずつ心に余裕が出て来ました。
この辺りからゲームをしてみようと思うようになります。
家族にSwitchを持って来てもらっていたのですが、Switchのゲームは寝たきりで手の震えている私にはどれもやりにくいゲームばかりでした。
うーんどうしようかなぁ、と悩んでいるところで、発見したのがオンラインゲームのドラクエX。
ドラクエXはオンラインゲームといっても、基本的にはソロでできるゲームだし、アクション性もあまりないのでまったりできます。

オンラインゲームなのでネットに繋がないといけないですが、家族にWiMAXの契約をしてもらっていたので、それでネットに接続しました。
※3年契約か2年契約かしか選べず、しょうがないから契約し、退院したら解約金が2万近くかかりましたが解約しました;;

ドラクエXでは退院まで全てのジョブをオールカンストしよう!と決めて、計画を立てました。
これで、暇すぎる気持ちが少し緩和されました。
なんたって、ハードなスケジュールでしたから。。w

ほとんどの入院患者は基本的に病室で泣いていますが、私はこんななんで全く泣かずにただただゲームをして過ごしていました。
ゲームお勧めです!

ただあまりにもいつでもゲームしているから、主治医にもまたゲームしてる!って笑われるなどしていましたw
でも、それくらい忙しくないと、暗いこと考えちゃうしね!

帝王切開前にオールカンストした時のSSですw
ぶちスライムを134,905匹倒したようですw

そして、これはレベリング中に集めた鍵でソロで回りまくったゼルメアのSSです。
300回以上回りましたw

食事中はゲームできないので、気分が落ち込みそうになることもあったので、AmazonPrimeVideoで海外ドラマを見てました。
入院中はメンタリストという作品を、朝食昼食夕食かけて1話ずつみるという感じでした。

精神を保つために考える時間を作らないのが個人的に重要でした。

妊娠28週

新生児科の先生がなんども言っていた28週にたどり着きました。
長かった・・・。
28週で溶けると言われていた頚管を縛っていた糸はまだ溶けていないようです。

28週に達したことで、緊急度が下がったのか、ナースステーション前の部屋から切迫早産の患者用の一番奥の大部屋に移りました。
少し安心する一方で、いつ糸が溶けてもおかしくないんだなという緊張感も出てきました。

あと28週になるとやる血糖検査もやりました。
前の部屋で同室になった人たちが逐一引っかかるという謎な状況だったので、怯えていたのですが、無事通過しました。
引っかかると、毎食血糖検査で指に針を刺さないといけないんですよね。
でも、引っかかってる方はほとんど親などに高血糖の人がいる人ばかりで、遺伝が原因ぽかったです。

点滴との戦い

点滴を長引かせるコツ

切迫患者が一番苦労するのは、点滴だと思います。
点滴の持ちが悪い人だと、1日も持たずに毎日差し替えとかありますしね。
私は病院の指定する四日は基本的に持っていました。
そのためにしていたこと。

シャワーは点滴差し替え日のみにする!

1ヶ月以内の入院の人ならそこまでしなくていいかと思いますが、5ヶ月ともなると、真面目に血管が足りなくなります。
差し替えの少ない私ですら足りなかったのですから。。
シャワーのために色々動くと大体針がずれて漏れちゃうのですよね。
漏れると差し替えも発生するし、漏れたところは痛いし、次にそこが使えるまで時間がかかるしろくなことがありません。
なんとかシャワーは控えたいです。
といっても、毎日シャワー許可が出てる方はほとんどいないと思いますが。。

4日に1回の差し替えだったからこれでよかったですが、1週間に1回の差し替えの場合は、間に1回くらいは入った方が良いかもですが@@
体の清潔もとても大事とのことです。

あと点滴の針を刺すのでオススメな場所があります。
それは腕の裏側というか、小指から下におろして来た部分の血管がよいです。
ここは動かしても、血管が圧迫しにくいのか、漏れることがかなり少ないです。

助産師さんたちは自分の刺しやすい場所にしか刺さないので、前回はどこに刺したか、次やその次はどこに刺すか、自分自身も考えつつ、次はここら辺が良いといって、しっかり血管をローテーションしていくと、ダメになる血管が減って行くのでより楽かもしれません。
助産師さんたちはめんどくさいかもしれませんが。。

上手な助産師さんを覚えておいて、差し替えの日は朝の担当にアピールする作戦などもしましたw
私の入院していた病院には最初の2ヶ月くらいはそこらの医師よりも格段に点滴の針を刺すのが上手な助産師さんがいました。
あとで聞くところによると、救命救急で働いたことがある方とのことでした。
普通の助産師さんは私の細い血管を見てさすまでにすごく迷うのですが、その方は、血管を見て、一瞬で刺すのでこちらも怖くないし、すごくよかったのです。
でも、その助産師の方は妊婦さんだったようで気がついたらいなくなっていました。。

あとは上手な助産師さんがいるときに、次にいけそうな血管も見てもらうと良いかもしれません。
最初良い血管でも、長く使ってると固くなったりボコボコになってさせなかったりするので、新しい血管を探す作業が必要なのですよね。
この血管を探す作業ができる助産師さんはあまりいないので、この人上手だなと思ったら、駄目元でいいのでと新規開拓をお願いすると良いかもですw

医師の点滴はかなり微妙

長い入院の中で医師の点滴はかなり微妙だということがわかりました。
まぁ、正確にいえば、医師のというより、新米医師のという方が正しいのですが、点滴刺すのは大体新米からくるので仕方ないのです。。

確かに、血管の位置はよく知っているのかもしれませんが、点滴をしたまま入院生活を送らないといけないことを考えて上でそこに刺すのか?というようなとんでもない位置にしてきます。
利き腕の内側の折り曲がるギリギリのところとか、ちょっとでも腕を曲げると点滴が流れなくてエラー音がなっちゃうんです。
そういうところにでも、平気で刺してきますから、本当信じられなません。
これから手術とかの時なら全然良いんですけどね。
ご飯食べたり歯を磨かないといけないんですけど?他に血管あるんですけど?ってなりました。
しっかり腕を見てから検討した上で刺すならまだしも、探しもしないでいきなりそこにいく?って感じです。
その時はあまりにもピロピロなるので、翌日、上手な助産師さんがいるタイミングで差し替えてもらいました。

入院中に新米医師がただ病棟のベットで一晩過ごしてみるという研修をしていましたが、点滴しながら一週間くらい過ごしてみてほしいものです。
何も装備しないで一晩だけで何がわかるのやら@@

なので、上手な助産師さんを覚えておくのはとても重要です。
なんなら、差し替えタイミングもその人のシフトに合わせても良いくらいです@@w
私はそこまではしなかったけど・・・w

PICCカテーテルって?

ちなみに、あまりにも点滴が刺さらなくなってきたので、医師が入院してすぐにチラッと言っていた腕にカテーテルをさす方法(PICCカテーテルとか末梢挿入中心静脈カテーテルとかいうやつです)は20日くらい差し替えなくていいので試してみたいと言ってみたところ、言い出したのが出産まであと2週間くらいだったことと、カテーテルでの点滴は全身が感染症になるリスクが高いから今のタイミングでは進められないということでした。
1日に何度も何度も差し替えるような状況でもなく、しっかり4日はもっていたからです。

残念そうにしていたところ、研修医の先生が、4日での差し替えを1週間の差し替えにしてもいいと言ってくださって、残りわずかではありましたが、差し替えがグッと減りました!
あの先生には感謝しかない!!

というか、病院のルールで4日になっていましたが、ほかの病院だとせいぜい1週間らしく、私に点滴を刺しにくる研修医さんたちが短すぎるね、ここには入院したくないなぁと言っていました@@w
切迫で入院する時は、病院を選ぶ余地があれば、点滴の交換サイクルを確認するのもいいかもしれない@@

点滴の濃度

入院中ずっとしていたリトドリンという点滴は状況に合わせて濃度を変えることができるものです。
一人目の時はこれ以上濃度をあげることが出来ないMAXの濃度に追加して、マグセントというさらに強い点滴の薬もMAXで投与されていたことを考えると、今回はリトドリンのみで済んだのでよかったです。

濃度を上げるとより副作用が強くなり、発疹も出てきて、ひたすら痒くなります。
今回も発疹が出たのですが、いわゆる薬疹というものらしくて、少し濃度を下げることで出なくなりました。

あと、そもそも点滴ではなくて錠剤もあるので、それを希望したのですが、錠剤は一定の濃度ではなく、飲んだときだけ濃くてあとは薄まってしまうので、点滴と比べると心もとないとのことでした。
また私は長い間2A20という濃度で過ごしていたのですが、せめて2A15まで下げられないと錠剤にはできないようでした。
私の場合、2A25まで上げると張りが落ち着くのですが、2A25-30くらいで薬疹が出てきてしまうため、2A20でずっと過ごしていました。

錠剤まで落とせればなんなら退院で自宅安静なんてこともできたのかもしれないですけどね。

憧れの4月2日

週数を重ねていくと欲望が大きくなっていきます。
一人目の時、早産児の成長が遅いことをすごく痛感したので、早生まれが怖くて、なんとか4月以降に生まれないかなぁといつしか思うようになりました。
4月1日まではまだ早生まれになってしまうので、2日!
ちょうどその頃、破水しやすいという低気圧やら満月やらで、すごくドキドキしました。
4月1日が一番緊張しました!
あとX時間もってくれ・・・!と一日中時計を見ていた気がします。
他の入院患者さんたちも同じような状況だったと聞きましたw
そして、無事に4月2日を迎えました。
もうゴールした気分です。

そもそも、妊娠するときに、前回と同じくらいの早産になっても、4月生まれ以降になるようにと調整していたのですよね。
そういう意味では、こんなに早産になると思わなかったから、完全に読みが甘かったです。
早産でなければ、早生まれでも全然良いのですけどね。

とはいえ、4月2日の時点でまだ32週なので、ちびうさの時よりも早いことになるので、当初から考えたら全然良いですが、まだ生まれずに頑張って欲しい時期です。

ちなみに、この頃、28週で溶けると言われていた、頚管を縛っている糸がまだ残っていました
なかなか頑張ってくれています。

硬膜外麻酔って何?

さて、ちびうさの時、帝王切開後、痛くて歩けたのが3日目だったので、今回の手術後は麻酔素早くたくさんして欲しいってバースプランに書いたところ、助産師さんがこれを決めるのは医師なので、あらかじめ言っておくと良いかもと言われ、エコーするときに言ってみました。

すると先生は、無痛分娩の時にする硬膜外麻酔っていうのが有効かもしれない、と提案してくださって、それをやることにしてみました。
背中から細い管を入れ、そこに麻酔を流し、痛くなったら手術後でもいつでも麻酔を追加できるというものです。

調べてみると、管を入れる時の違和感が云々書いてありましたが、術後の痛みに比べればどうってことないだろうなと思いました。

緊急帝王切開では硬膜外麻酔は使えないということなので、予定した日に生まれた場合のみできるということでした。
この頃、私の帝王切開手術日が5月2日にきまりました。
この日が、ちょうど37週0日で早産ではなくなる日です。
1日でも早ければ早産になってしまいます。

研修医続々

今回の入院で4月をまたいだので、それを境に研修医の人がたくさん入ってきたり、助産師さんの入れ替えも結構ありました。
慣れ親しんだ顔が少しずつ変わっていくのに違和感を感じつつもしょうがないなと。。

私の主治医は、25週を超えたあたりから、2名に減っていたのですが、その2名に一人ずつ研修医がついたので、私の主治医は4名になりました。
4名が1日1、2回顔を出してくれるので、なかなかの頻度ですね。

研修医の人は腹部エコーの練習などもしないといけないので、エコーの回数もぐっと増えました。
研修医の人のエコーは記録としてはつけられないぽいので、元の主治医の先生のエコーもやるので、二倍になるからです。

そして、点滴問題も勃発です。

点滴の針を刺すのは基本的には助産師なのですが、上手な助産師さんがどんどんいなくなり、私にさせる人がほとんどいない状況だったのです。
普通なら医師が来るのですが、そう、4月からは研修医がくるのです。。
慣れてないので、簡単には刺さりませんよね。
私のただでさえ細い血管も長期の入院でボロボロでより刺さりにくいので、刺さるまで、6回くらい失敗する域に達してきました。
悲しい。。

妊娠36週6日、出産前日

前日はやっとこの生活が終われるんだという嬉しさでいっぱいでした。
赤ちゃんが産めるということよりも、退院がやっと見えたことの喜びが大きかった気がしますw

子宮頚管縫縮術で縫った糸が28週で溶けると言われていたのですが、なんと36週0日まで溶けずに残っていました
36週0日で糸が完全になくなったので、その時の頚管は一気に短くなり7-8mmと言われました。
この最後の一週間はもういつ生まれてもおかしくないなと緊張していたのですが、あと1日だけもってくれ!という気持ちで過ごしました。

妊娠37週0日、帝王切開による出産当日

私の手術は朝一で実施されることになっていました。
なので6時からスタンバイして、9時に手術室に向かいました。
歩いていく予定だったのですが、長期の入院で歩いていなかったので、歩くことが困難で結局車椅子で連れて行ってもらいました。

手術室は1月の手術でも入ったのでそんなに違和感もなく、麻酔もその時経験したのでそんなに違和感もなく、むしろ5ヶ月弱顔を合わせた見慣れたお医者さんや助産師さんに囲まれて、気分はかなり落ち着いていたと思います。

ちびうさの時は、深夜から12時間苦しんだ陣痛後での緊急帝王切開だったので、意識朦朧としていたので、ほとんど記憶もなく、感動もなくって感じだったのですが、今回はしっかり寝タ後に、きっちり起きている状態で望めたのもよかったです。
破水したわけでもないから、生まれる準備もできてない赤ちゃんを取り出すのは大丈夫なのか、心配もしていたのですが、帝王切開でお腹を開いて、取り出して、すぐに大きな泣き声が聞こえて、無感動で有名な?私も、今までの長期入院もあり、感動した気持ちになりました

帝王切開による合併症で膀胱に穴が・・・

しかし、良かったのはここまで。
主治医の先生が、何やらXX先生を呼んで!とか、すでに4人以上医師がいるのに、他の先生を呼ぼうとしています。
何だろうと思っていると、麻酔科の先生が、膀胱に穴が空いてしまったので縫う手術をするので麻酔を足すから少し眠くなりますね、と言いました。
はい、といってから、記憶がなく、気がついたら病室です。

家族も1〜1時間半と聞いていたのに、私がなかなか出てこなくて、12時頃に主治医が待合室にきて、お話があります、ときたからびっくりしたと言っていました。

まぁ、これだけ長い間入院して、さらにこんな展開になるとは思いませんよね!
というわけで、普通なら、点滴と尿道カテーテルの管が刺さってるだけのところに、私の場合は、硬膜外麻酔の背中からの管と、膀胱手術によるお腹から出ている謎の管、計4本の管が出ている状態になりました。。

合併症を伴った産後の生活

他の産後の方は、トイレまで歩けたら尿道カテーテルを外してもらえるのですが、私の場合、膀胱に問題ないことがわかるまで外してもらえませんでした。
結果から言うと、1週間近く装備したまま過ごしていました。
ずっと点滴棒におしっこのケースをぶら下げながら、赤ちゃんの入ってるコットを押しながら移動するというなかなか大変な状況でした。
いつ退院できるのかもわからず、もし問題があればもう一度手術しないといけないということで、やっと退院が見えたはずだったのに、また見えなくなりがっかりしました。

産後から1週間くらい経過した日に、膀胱に造影剤を投与して、漏れてないかみる検査をしました。
それで問題ないことがわかり、その場で尿道カテーテルを抜いてくれました。

硬膜外麻酔の効果

通常の麻酔に加えて行なった硬膜外麻酔、実際どうだったのか。
結果から言うとよくわからなかった、です。

手術後は、合併症の手術のために麻酔を追加したこともあって、意識朦朧としていたり、気持ち悪かったりで、あまり記憶がないのです。
翌朝はあんまり痛くなかった気がしました。

硬膜外麻酔は数日つけていられるはずだったのですが、またしても問題が起きたのです。
それは左足が麻痺して動かないというもの。
右足の麻酔が取れても、全然左足の感覚が戻らないのです。
硬膜外麻酔の時に入れた管が当たってしまっているのではないかと、医師が集まってきて検討した結果、管を早々に抜いてみることになってしまいました。
実際、管を抜いたら、数時間で左足の感覚は戻ったのですが、肝心の硬膜外麻酔の効力を体感する時間はなくて残念でした。
なんて言うか、とことんついてないですよね。
本厄怖い。

退院日

待ちに待った退院日。
5ヶ月弱過ごしたので、まるで家のようになっていたので、なんなら少し寂しい気すらしました。
コミュ障の私でも、よく話した助産師さんやお医者さんともう話せなくなるのは流石に寂しいですね。
でも、もうずーっとずーっと退院したいと思っていたので、こんなに嬉しい日はありませんでした。

退院後

退院してからは、私の母が2ヶ月間うちに来て手伝ってくれました。
母は日中はフルタイムで仕事に行っていました。
普通なら産後1ヶ月手伝いが必要というけれども、私の場合は入院が長かったから、回復に少なくても2ヶ月はみておくようにと言われました。
実際、ちょっと歩くのも大変でした。

かかった費用や医療保険の話

入院は1日1万、さらに手術費用や、出産費用がかかります。
自分の治療費がいくらになるのか心配をしている人も多いと思うので、私の状況をまとめておきます。

私は60日までの入院なら1日1万円でる医療保険に入っていましたが、実際は134日間入院になってしまったので、74日分はもらうことができませんでした。

とはいえ、1ヶ月いくら治療費がかかっても、会社が入ってる保険の高額医療費というので個人が払わなくてはいけない金額には上限があります。
その上限額はその人の給料によって変わって来ます。
私の場合は、8万円でした。
しかし、この高額医療費には食事代やNSTや部屋の差額代は含まれないので、個室を利用してる場合は特に注意が必要です。
私の場合は、これを合わせて、月々の自腹は約12万円でした。
ですが、うちの会社が所属している保険は、独自の一部負担というのがあり、月約6万円も肩代わりしてくれていました。
なので、月々の自腹は約6万円となります。
しかも、ここの保険は通常の出産一時金に追加して請求すれば9万円も貰えるというものもありました。
ちなみに、関東ITという保険組合なので、入ってる方はラッキーかもしれません!
申請をしていない場合、してないけどいいの?的なハガキが送られくるのでそのあとに申請すればOKです。

さらに医療保険は60日まで1日1万の他に、手術一回あたり20万というのがありました。
マクドナルド手術と帝王切開手術の二回手術したので、それがプラスになります。

■支出分
ー12万 x 入院5ヶ月 = ー60万円
出産費用 = ー10万円(出産一時金で相殺)
■収入分
一部負担金6万円 x 入院5ヶ月 = +30万円
出産一時金追加分9万円 = +9万円
医療保険1日1万 x 60日 = +60万円
医療保険手術20万 x 2回 = +40万円
■総計
+69万円

となります。
もっと言えば、さらに毎月傷病手当で、ほとんど手取りに近い額が働かなくても毎月いただけます。
でも、産休の時期に入るまでは税金はかかるので会社に振り込まなくてはいけませんでした。

産後に、今回の費用をまとめたものと、もし入院しないで出産できた場合と、そもそも出産しないで普通に働いていた場合の費用を比較してみたのですが、なんと5ヶ月間の収支差額が1万とかそれくらいの差しかありませんでした。
最初は入院が長すぎて、入院180日保証とかに入っておくべきだったのかなと考えてしまいましたが、これだけ大ごとになったのに、普通に働いているときと収支が変わらないというのは、適切な保険に入ることができていたのかなとも思いました。
保証が厚ければその分月々の費用も上がりますしね。

私の医療保険は月2000円しかはらってないのに、すでに、一人目の時と合わせて、140万円ももらっているので、十分すぎるほどの恩恵を受けています。
妊娠してからだと入れなかったり、一人目が帝王切開だと入れなかったり保険内容が変わってしまう保険も多いと思うので、結婚したらすぐにでも、なんなら結婚しなくても妊娠しそうな状況であれば、可能な限り入ることをお勧めします

夫の長期間のワンオペの話

私が入院中、私の母が家に来たりはしていなかったので、家族はずっとワンオペでちびうさをみていました
家族の実家はずっと遠い場所なので頼れないですし、私の母もフルタイムで働いています。

よく家事や育児を手伝わない夫という話を聞きますが、もし同じような状況になった場合、しっかり回せますか?
自分のところはそんなことにはならないなんて思っていませんか?
私だって、こんな酷い状況になるなんて夢にも思っていなかったです。

でも、うちは、元からちびうさのめんどうはどちらかといえば家族の方がたくさん見ていたし、保育園の送りも家族の役目だったので、増えたのは保育園のお迎えとその後のお世話くらいになります。

くらいになります、とさらっと書きましたが、大変なことです。
家族の仕事は激務でいつも帰宅が0時付近と遅かったので、定時ジャストに上がれるように調整してもらうところから始まりました。
また保育園に無理を言って、20時まで預かってもらえるようにお願いし、家族は会社から全速力で走ってやっと間に合うようなスケジュールになります。

これが、普段から子供のお世話を奥さんに任せっきりで、パパとして懐かれていないお父さんだったら、ろくに回すことはできなかったのではないでしょうか。
期間も5ヶ月ですしね。相当長いです。

平日仕事に育児に疲れた上に、土日は丸一日ワンオペでの家事と育児になります。
しかも、ちびうさは相当暴走男子なので、扱いが難しく、難易度は高かったと思います。
ちびうさも長い間、ママと会えない状況で情緒不安定になっていたところもあったので、それも相まってより大変だったと思います。

妊娠に限らず、いざママが急にいなくなっても、大丈夫なように、そうなったときに子供の不安を少しでも安定させられるように、普段は何をどうして過ごしているのかなどしっかりと情報共有して、実際に自分もやってみるなどして、練習しておくべきかなと思います。
保育園の送りお迎え、意外と簡単そうに思えて実際やってみないと、何してるかわからないことも多いですしね。

ある程度大きい子なら状況が違ってもどうにかなるかもしれませんが、まだ年齢が小さいと、子供のこだわりがわからずに、簡単な育児すらスムーズに進まないことも多いと思います。
ご飯のおかずは何が好きで、どういうお皿にどういう風に盛り付けて出しているか、どういう風にして食べているか、普段当たり前にママがしていることを、いざ自分ができるのかどうか、できないなら、習っておくべきとすら思います。
お風呂の手順、起こしたり寝かしつけの手順、何もわからないなんてことがないようにしっかり、情報共有しておいてくださいね!

退院した後にYoutubeで見つけた動画がワンオペした頃の家族っぽかったので家族に見せたら泣きそうになったと言ってました。
ぜひ見てみてください。

まとめ

今回の妊娠生活を大まかにまとめるとこんな感じです

09/15 04w2d 妊娠判定日
09/27 06w0d 大量出血
10/16 08w5d ファミリーサポート開始
10/25 10w0d 母子手帳受取許可、不妊治療クリニック卒業
11/15 13w0d 大学病院初診、医師による妊婦健診
12/06 16w0d 助産師による妊婦健診、安定期突入
12/07 16w1d ファミリーサポート最終日
12/27 19w0d 医師による妊婦健診、入院決定(頚管14-18mm)
01/04 20w1d 子宮頚管縫縮術(マクドナルド法)実施
01/10 21w0d 赤ちゃん体重370g
01/19 22w2d 新生児科医による説明
02/07 25w0d 転院しなくて良い週数になる、赤ちゃん体重850g
02/21 27w0d 病院内で美容師による散髪、赤ちゃん体重1050g(1000越え!)
02/27 27w6d 血糖検査→PASS!
02/28 28w0d 新生児科医に言われた週数を達成!、赤ちゃん体重1150g
03/06 28w6d 白血球100越えで1週間治療
03/30 32w2d 家族を呼び医師からの帝王切開と麻酔の説明と同意書作成
04/02 32w5d 早生まれ回避!
04/06 33w2d 赤ちゃん体重2000g
04/25 36w0d 子宮頚管縫縮術で縫った糸がなくなる(頚管7-8mm)
05/02 37w0d 帝王切開実施、出生体重3128g
05/06 産後4日目 ちびうさが赤ちゃんと初めて会う
05/08 産後7日目 膀胱造影、尿道カテーテル除去、退院日決定
05/09 産後8日目 退院

本当に本当に大変でした。
もう二度と妊娠することはないでしょう@@

一度くらい普通の妊娠出産を体験してみたかった。
もう普通っていうか、普通が奇跡なのだと、私は思います。

色々なトラブルはみんな当たり前のように起きるのですね。

早産で大変な思いをした上に、帝王切開の合併症で退院がのびるとか誰が予測するでしょうか。
でも、実際、他の患者さんで、早産で長く入院した挙句28週で生まれてしまい、さらに産後謎の高熱が収まらずに少なくても1ヶ月くらいは入院している人もいたので、不幸は当たり前に重なるものなのかもしれません。

こんな苦労して生まれたちびちびも4ヶ月検診で引っかかり大学病院で精密検査中ですし、普段気がつきもせずに普通に過ぎていくことのすごさを実感しました。

でも、これだけ大変な経験で、出産を感動することが出来たというのは、私にとってはいい経験になりました。
そのための試練だったと、今では良い思い出、、、、にしようとしているところですw
それにそもそも、これだけヤバイ状況だったのに、37週までもって早産にならなかったのは幸運では?とも思います。
長期入院の挙句、早産で生まれてしまった人もたくさん見ましたからね。。
というか、早産以外の人を見なかったかもしれない・・・。
というわけで、私は幸運に違いない!うん!

ちなみに、妊娠生活に全く問題がなく普通に出産された方も、同室の方はみんな部屋で泣いていました。
入院が長くなくたって、そもそも妊娠出産はそれだけ大変なことなのです。

幸せだけど謎の不安感から戸惑って泣いてしまうママ、シングルマザーになることが決定して父親は顔も出さない状態のママ、帝王切開の結果次の出産のリスクが高いことになってしまいでも奥さんは2人目欲しいけど夫はいらなくて病室で大声で喧嘩している夫婦。
かたや私は、入院134日間なわけですよ。
たった一つの四人部屋にこれだけいろんな種類の家庭が詰め込まれることある!?

本当、肉体的にも精神的にも妊娠出産は削られていくので、誰が大変で、誰が大変じゃないなんてことはないなと思います。
大変さはそれぞれの人のキャパシティによっても捉え方は違いますしね。

そして、今回の私の妊娠出産は私のキャパでは大変だった!
うちの家族のキャパでは大変だった!
家族全員頑張った!

赤ちゃんが無事でよかった。

おまけ

ずっと私がいなかったからちびうさの赤ちゃん返りが酷いだろうなと予想したのですが、信じられないくらい良いお兄ちゃんで弟を可愛がってくれています。
保育園も年少に上がり、年少少で入ってきた子たちをストーカーもビックリなレベルで可愛がっているそうです。
今まで出来なかったことも、お兄ちゃんだからと急にやるようになり、あまりの成長ぶりに別人のようになったそうです。
あまりにも赤ちゃんを可愛がってくれるので、苦労して産んだかいがあったとしみじみ思います。
兄弟の年齢差は4歳になりますが、やはり年齢が離れていると赤ちゃん返りしにくいのかもしれませんね。

私の入院で途中で頓挫してしまったちびうさのトイトレも私が退院して落ち着いてから再開し、あっという間に完了しました。
3歳というママがたくさん必要な時期に長い間近くに入れなかった時間はこれから時間をかけて取り戻していきたいと思います。

ちなみに、今後このブログではセーラームーンの命名規則に基づいて、お兄ちゃんをちびうさ、弟をちびちびと記載しますw

最後に元気に生まれてくれたちびちびの写真をおいておきます。
ネットに顔出しはアレですが、生まれたての顔なんてすぐ変わるというか、すでにもう全く違う顔なのでw

※この記事は入院中にあったことを少しずつ思い出してる最中なので、少しずつ付け加えていく予定です。

-早産/低身長児

名前:うさ(37歳♀)
家庭:結婚12年目
特技:プログラミング歴21年
趣味:ネトゲ歴18年
TOEIC:505点←修行中!

30thECでMark先生と

名前:ちびうさ(5歳3ヶ月♂)
備考:2ヶ月早産/低身長児
DWE CAP:LimeCAP
七田プリント:A-9
■言語(2019年9月現在)
日本語累計:7692時間
英語累計:11820時間
┣英語INPUT:4380時間
┗英語OUTPUT:7440時間

名前:ちびちび(1歳4ヶ月♂)
備考:成長遅延中